不比等の容姿
しかし、貴族の中でも最下級の官吏に過ぎない不比等が、
なんの後ろ盾もなく皇子の処刑を画策するなど不可能だ。
直後、不比等が突然出世したことを考えると、持統女帝
が最初から不比等に目を付けていたとしか思えない。
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女帝が不比等に目を付けた理由は、天智後胤の可能性が
高いからという理由だけではないだろう。
個人の能力が低ければ、いかに生まれが高貴であっても
女帝が顧みる事は無かっただろう。
しかも、不比等は稀代の美男子だったという説もある。
たかが容姿...と思うだろう。
しかし、己の胸に手を当てて考えて見て欲しい。
そうした要素を無視して生きて来たと言い切れる人間が
いるとしたら、極めて崇高な人物か大嘘つきのどちらか
だと断言できる。
もし、稀な容姿の持ち主だったなら、それを利用しない
手はないだろう。
歌舞伎「妹背山婦女庭訓」では、不比等は二枚目として
登場する。なんと、この物語は蘇我入鹿と不比等が同時期に
生きているばかりか、入鹿の妹と不比等が敵同士と知らず
恋に落ちるなどという妙な話である。しかも、入鹿は幻術使い
というよりもまるで魑魅魍魎の様なキャラクターで登場する。
史実を全く無視した荒唐無稽な話ではあるが、不比等が美男
であったとする噂は、江戸時代にもあったようだ。
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