鎌足・不比等親子の容姿
ペルシャ系ならダルビッシュの様なエキゾチックな
容姿だったかも知れないし、イスラエル系ならば
地中海人種特有の甘いマスクだったかも知れない。
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鎌足はどうか知らないが、不比等がその美貌で
女性に人気があったというのは歌舞伎の世界だけの
作り話ではなかったと考える。
仮に不細工とは言わないまでも、平凡な容姿だった
としたら、いかに優秀といえど、大和王朝に楯突き、
謀反を起こした地方豪族の娘を妻や母に持った男を
引き立てたりするだろうか。
鎌足は確かに天智天皇の信頼を得て、軍師的立場で
天皇を補佐し、新生日本の国家誕生に尽力した。
がしかし、息子の不比等は天武天皇の時代、ほぼ
無視されている。
それが持統女帝の時代に不比等は飛躍的に昇進する。
続く蘇我の娘たちによる女帝の時代にあって、不比等
は蘇我氏を脅かす敵でありながら抹殺されることなく
天寿を遂げているのだ。
女性にとって無視できない魅力を、不比等が持って
いたのではないかと考える理由がそこにある。
女帝といえど人間なのだ。
人間というのは、悲しいかな、人の容姿に惑わされ
純粋に本質を見ることが出来なくなることがある。
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