日常生活
そんな戦乱の世にあって、山科での生活は
どのようなものだったのだろうか。
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史(不比等の幼名)には姉も妹もおり、姉は
氷上郎女(ひかみのいらつめ)、妹は五百重娘
(いおえのいらつめ)で、共に天武天皇妃となって
いる。
天武没後、不比等は妹・五百重娘を妻にする。
当時は兄妹間の結婚は特に問題ではなかったので
タブーではないが、尋常ではない。
尊卑分脈には「密通」の文字が見える。
その頃には不比等は既に皇室の補佐として、律令
の専門家として無くてはならない存在だったとは
言え、一度天皇に嫁したものを、身分の低い者が
妻として貰い受けるなど、当時としてもかなりの
スキャンダルだったのではないだろうか。
妹と言っても幼少期に別れ、別々に暮らしており
母親も異なるため、幼い頃の不比等にとっては
最も身近な異性だったに違いない。
まさか子供の頃の淡い恋心を大人になるまで
持ち続けていたとは思えないが、天武夫人となり
身分に箔のついた妹、しかも美しくなった妹を見て
手に入れたいと思ったのかも知れない。
この兄妹は、一体いくつまで一緒に暮らしていた
のだろうか。そして、異母妹に対する不比等の
思い入れは、いかばかりだったのか。
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